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電子上の空論

しがない専門紙の記者(新米)が、勝手な空論を語るブログです。

【ドラゴンボール超】ベジータがキャラ崩壊したという意見について

結論としては断じて違うと言いたい

ドラゴンボール超について、ベジータが原作とキャラが違いすぎて不快だという声をよく聞くが、それはいささかベジータの表面的な部分に捉われすぎているように感じる。

そもそも、ベジータサイヤ人(惑星ベジータ)の生き残りとして、フリーザ軍の下で逆襲の時を待ちながら臨機応変に立ち回ってきた。バーダックの件もあってサイヤ人に不信感を抱いていたフリーザの下に、サイヤ人を置かせたことはおそらくベジータの功績だろうと考えられる。加えて、フリーザ編で魅せた状況判断力や原作ではないがジャネンバ戦で魅せた戦闘センスはドラゴンボールでもピカイチである。

そして、ブウ編での悟空に対してのナンバーワン宣言だ。まず、超の本編でもブルマが言いかけていたが、明らかにブウ編のベジータはそれ以前と比べて丸くなりつつある片鱗を出していた。ということは、上記で言った臨機応変・状況判断力・戦闘センス等の直感センス』を兼ね備えているベジータは、地球に生きる父親としての環境に適応しただけではないかと俺は考える。

ベジータは誇り高きサイヤ人としてのプライドを持ち続けてきた

ベジータドラゴンボール界屈指のプライドの塊である。そしてそのプライドは誇り高きサイヤ人の王子(エリート)に向けられてきた。だが、時を経てブルマやトランクスに対する不器用な気遣いや命の張り方、時にはピエロを演じてでも家族を守り、いつのときも最優先にしてきた修行すらも後回しにするその姿勢は、誇り高き父親としてのプライドを持ったと結びつけることはできないだろうか。

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 むしろ、ベジータの魅力の幅は大きく広がったように感じる

正直俺は、ドラゴンボール超に関してはいろいろと疑問はあるし、蛇足にも感じている。特にシリアスなところに関しては。ゴッドなんていうのはもうついていけない。だが、日常パートに関しては微笑ましく感じられ、むしろそっちメインで続けてはくれないだろうかと願っている。

特にその功績はベジータにあるだろう。上記の通り、ベジータベジータアイデンティティを残しながら変化している。なので、ベジータの家族話は何か心地いい感情を抱きながら観ることができ、「キャラが崩壊していて残念」という意見に首を傾げたというわけだ。

キャラ崩壊だと言葉に出す場合、まずはキャラが崩壊するのがどのようなものかを考えるときっと意見は変わる。表面的なレッテルでなく、そのキャラのアイデンティティを自分なりに掘り下げて研鑽することが大事だと俺は考える。